自転車競技は早ければ小学生から始める人もいます。
しかし、高校入学後から始めても全国大会で活躍できる種目でもあります。
水泳など小さいころからの技術が大切な競技では見られない傾向です。
水泳を高校生から始めてインターハイで活躍する選手はあまり見ないね
論文の紹介
今回は大学3年生進級直前に陸上競技から自転車競技に転向し4年生で全国入賞した選手の競技への取り組みを研究した論文を紹介します。
「自転車競技・短距離種目において競技開始1年半で全国入賞した男子大学生の取り組み事例の分析」山口大貴,黒川剛,荒木就平,金高宏文 鹿屋体育大学大学院
自転車競技転向の理由
被験者である山口大貴さんは中学校から大学2年生まで走り幅跳びをしていました。
インターハイや国体への出場経験はあるが入賞経験はありません。
陸上競技は選手層が厚いから全国大会に出場するだけでも大変!
大学1年生の5月の走り幅跳びの試合で右脚関節を痛めてしまいます。
大学2年生の11月になっても脚関節の障害が改善しませんでした。
大学在学中に陸上競技での全国入賞は難しいと考えて自転車競技に転向します。
大学生で全国大会入賞を目標に競技転向したよ
自転車競技に転向した直後は最高ケイデンスが255rpm、ハイクリーン100kg、スクワット140kgでした。
これは大学生の自転車競技者と比較しても遜色ない体力です。
身体能力がかなり高い!
大学卒業まで2年間しか残されていない中で全国大会入賞を目標に競技に取り組みます。
大学2年生2月から大学4年生8月までの変化を見てみましょう。
大学2年生2月 | 大学4年生8月 | |
身長 | 170cm | 170cm |
体重 | 67.9kg | 70.2kg |
骨格筋 | 35.5kg | 36.4kg |
徐脂肪体重 | 61.5kg | 62.8kg |
脂肪量 | 6.4kg | 7.4kg |
最高ケイデンス | 255rpm | 267rpm |
ハイクリーン | 100kg | 110kg |
スクワット | 140kg | 180kg |
垂直跳 | 70cm | 68.4cm |
立幅跳 | 3m | 2.8m |
立五段跳 | 16m65cm | 15m80cm |
1年半で体重や骨格筋が増えているね!
スクワットやハイクリーンの重量も増えていて筋力が増えたことが分かるね!
跳躍が落ちているのは陸上競技から離れたことが関係しているのかも
競技パフォーマンス向上のポイントは3つありました。
1kmTTのタイムを大幅に伸ばすには3つのポイントがあったよ
①臀部使用のペダリング技術
②股関節伸展を意識したスタート技術
③1kmTTにおけるペース配分
ポイントを1つずつ見ていこう!
競技開始時期
自転車競技を始めて最初の1ヶ月はペダリングの知識もなく、ただがむしゃらに踏んでいました。
自転車のペダリングには上死点(12時)、下死点(6時)、3時、9時というペダリング分節点があります。
最初はスムーズなペダリングって難しいよね
1か月後
競技を始めて1か月程度経つと1時から3時の局面で出力することを意識できるようになります。
5か月後
競技転向から5か月経つとペダリングを大腰筋、縫工筋付近を利用して上死点(12時)まで持ち上げ上死点からは脚の重みのみでペダルを進める感覚がつかめます。
大腿前部はリラックスさせています。
バイクコントロールにも慣れてきます。
しかし、重いギアを踏むと以前のがむしゃらなペダリングに戻ってしまいます。
この時期に速い選手は大腿後面のハムストリングスや臀部付近を使っていることに気づきます。
自己分析能力が高いのでどんどん技術が向上するよ!
11か月後
大腿後面を使える事を目標にします。
ハムストリングスの収縮で4時から8時の局面でペダルをかかとで引っかけるようなペダリングに変化させました。
しかし125rpmを超えるような高速のペダリングになると意識することができなくなります。
ケイデンスが上がるとペダリングを意識するのは難しくなるね
トップ選手は股関節伸展のペダリングをしていることに気づきます。
1年後
サドルの先端に座るポジションからサドルの後方に座るポジションに変更します。
すると臀部(大臀筋)を意識したペダリングが突然できるようになりました。
日頃から行っていたスクワットなどのウェイトトレーニングや補助運動での臀部強化とペダリングが関連づきました。
ペダリングが洗練されたことにより余裕が生まれ、出力も向上します。
股関節から出力するペダリングが可能になりました。
前乗りは太腿四頭筋(速筋)を使うのでスプリントには有利になるよ!
記録の更新
ペダリングの改善により記録も更新します。
種目 | 競技開始時(大学2年2月) | 1年6か月後(大学4年8月) |
200mFTT | 13秒32 | 10秒888 |
1kmTT | 1分38秒4 | 1分06秒221 |
競技開始時期のタイムは高校生レベルでも遅い方だね
1年半でこんなにタイムが伸びるのは驚き!
補助練習
臀部を使うペダリングを意識づけるための補助練習も行いました。
スミスマシーンにプレートを付けて行います。
前後に脚を開き足部を約10cmの台に置きます。
自転車のサドルに座っている時と同じ姿勢をとり、股関節の伸展屈曲動作を繰り返します。
階段の段差を利用することで高い位置からの出力を意識できます。
バランスを崩しやすいので身体全体の体勢を整えながら行います。
まとめ
大腿後面を意識した臀部使用のペダリングができるまで1年かかりました。
さらに納得のいくペダリングまでは3か月かかりました。
大腿全面にある大腿四頭筋を使って1時から3時の出力局面を理解した最初の1か月は必要な期間でした。
大腿四頭筋を使って1時から3時の出力局面を理解した後はすぐに大腿後面を意識した臀部使用のペダリングに取り組む必要があります。
大腿四頭筋を使ったペダリングを理解した後は臀部を使ったペダリングに移行すると良いね!
大腿全面にある大腿四頭筋をリラックスさせることで1kmTTのラスト200mまで大腿全面の疲労を減らし踏める脚を残せます。
最終局面まで大腿四頭筋を温存させるんだね
大腿後面を意識した臀部使用のペダリングの獲得には補助練習ABCが有効です。
股関節伸展の意識ができた後に段階的に取り入れると良いでしょう。
200mFTTや1kmTTはスタートが非常に重要です。
スタートから300m地点での最高速度がタイムを決定します。
スタートから素早く最高時速まで上げるのがタイムを出すポイント!
競技開始時期
コーナーでのダンシングもできない状態でした。
全力を出すと転びそうな感じがして恐る恐る乗る状態でした。
「腕を引け」とアドバイスされますが、どの方向に引くのか分からず上体が前のめりになっていました。
腕の引きの方向が指示されていなかったので下肢が生み出す反作用を抑えられていません。
最初はバンクの傾斜も怖いよ・・・
1か月後
チームメイトのスタート動作を繰り返し見て学習します。
下肢が生み出す出力をペダルに伝えるために上肢の引き付けが必要ということを理解します。
「腕を引け!」というアドバイスの意味を理解することが大切
自己分析能力が高いので競技能力がどんどん向上するんだね!
上肢の引き付けを理解してからはスタートがよりスムーズになります。
この次はスタート前にお尻を後ろに引く予備動作を行います。
しかし、自転車がふらつき力が伝わっていない状態でした。
大腿前面を収縮させて力を得ている感じです。
目線が下がり支持脚が下死点(6時)に来た時に逆側の骨盤が上がっていることに気づきます。
目線を上げることでふらつきが収まり、上肢のハンドルを引く力も入るようになりました。
4か月後
スタートのポイントは上肢の使い方にあると考えます。
上肢の動きを意識して練習することで下肢とのバランスが崩れパフォーマンスが停滞してしまいます。
伸び悩みの時期になってしまったよ
6か月から1年半後
踏み脚が下死点(6時)過ぎまでペダルを踏んでいるので各関節が伸びきっていることに気づきます。
引き脚から踏み脚への切り替わりが遅れることでブレーキになっていました。
股関節を伸展させて膝関節、足関節は意識しない動作を考えます。
足、膝関節の関節角度を変化させずに階段を登り降りる補助練習を取り入れます。
発走機
1kmTTは発走機を使います。
発走機は自転車を固定し、スタート時にストッパーが解放されます。
選手はストッパーが解放される瞬間に勢いよくスタートできるように準備します。
膝関節が伸びきらなくなったことで骨盤の浮きも改善されました。
スタート前にお尻を後ろに引き、スタートと同時に前へスライドさせます。
そして腕を強く引き肩関節を伸展させ下肢が生み出す反作用に対し上肢を引き付けられるようになりました。
競技開始頃のスタートと全然違うね!
まとめ
スタート動作に取り組むうえで最初に理解すべきことは上肢と下肢の力を加える方向です。
股関節伸展のスタート動作も重要です。
意識する部位は大腿前面の膝関節伸展筋群から大腿後面の膝関節伸展筋群へと変化していきました。
ペダリング技術の向上も重要です。
1kmTTはスタートから加速し300m時点で最高速度に達します。
その後は速度が徐々に低下しゴールします。
300m時点での最高速度がタイムを決めるため、ペース配分を行う必要はありません。
最初から全力で行くことが重要です。
最初から全力で行くことを「all-out strategy」と言うよ!
しかし、最初から全力で行くと後半に失速するため、ペース配分を模索しました。
ペース配分を考えたんだね
後半の速度低下を抑えるためにペース配分を習得しました。
競技開始時期
1kmを全力で踏み続けます。
ペダリング技術も未完成でした。
いつから体がキツイのか、スピードに乗った地点はいつなのかも理解できていない状態でした。
がむしゃらに1kmを走っていたよ!
6か月後
レースを重ねて戦術が考えられるようになってきます。
しかし、自分の感覚頼りでした。
スタート区間、中盤、後半のラップタイムを意識すると最後の400mのタイムの落ち込みが大きいことに気づきます。
スタートが得意ですが後半に失速していたのです。
10か月後
1kmTTの最適なペース配分を模索します。
スタートから40秒後の600m通過地点は解糖系エネルギー供給の限界(無酸素運動の限界)です。
スタートから限界まで速度を上げると後半が粘れなくなると考えます。
そこで400m通過後に意図的に力を抜き最後までエネルギーが持つように走りました。
しかしこの時期はペダリングを模索していた時期でもあり、結果的に後半は失速してしまいます。
後半のために前半を抑えたけどタイムには繋がらなかったよ
ペダリングも同時に改善中だから難しいね
スタートの改善、ペダリングの改善により楽に加速し最高速度に乗せられるようになります。
200mまでは楽に速く進むことを意識し、後半の失速を防ぐペース配分ができるようになりました。
200mまで楽に加速するスタート技術とペダリング能力で後半の失速が抑えられるようになったよ
1年から1年半後
「スタートから楽に速く」をテーマにすることで1kmTTで1分6秒221の鹿児島県記録・学生歴代8位という記録を出せました。
最後まで高速で走り切るペース配分が可能になりました。
まとめ
1kmTTは選手にあったペース配分は必要です。
自分に合ったペース配分を把握するためにラップタイムを活用しましょう。
それぞれに合ったペース配分が大切なんだね
目標のラップタイムを設定し計画通りのレースが出来るようなトレーニングをすることが重要です。
当然だけど誰もが1年半で全国レベルになれるわけではないよ!
論文を通して感じたことは自己分析能力の高さと他者観察能力の高さだね!
身体能力が高いことも大切だね!
自転車に競技転向して1年半で全国レベルになるのは驚異的なことです。
身体能力の高さに加えて自己分析能力、他者分析能力が必要不可欠です。
鹿屋体育大学という環境に恵まれていたことも要因の一つと思われます。
周囲には優れた競技者やコーチがいました。
短期間で全国レベルに成るには次の条件が必要です。
自転車競技は始める時期が遅くても大丈夫!
後から始めた人の方が速くなることも多いよ!